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2011年3月11日に発生した東日本大震災および津波被害に伴う原発事故からの復興に向けて、環境省を始めとした省庁、福島県、市町村が住民の皆様とともに除染作業や除去土壌の処理、処分、街や産業、農業の再興などの事業に取り組んでいます。しかしながら、11年たった現在でも住民の帰還が困難な地域などが残されております。
今回、環境省主催の「環境再生事業 現地見学会」の一環で、環境管理学?環境リスク学の受講の環境科学コース学生8名が9月12日から14日に二泊三日で福島の地を訪れました。見学会前の7月には事前学習として環境省 福島地方環境事務所の森田重光先生を講師としてお招きし、福島の現状や放射線についてご講義頂きました。
復興事業は住民の方々のみならず、多くの国民の支援や様々な意見の基に行われます。多種多様な意見に寄り添い、解決の道を探るという環境行政、環境科学の実務が今、福島で必要とされています。学生たちはまさにその現場を見るという貴重な機会をいただきました。
現地見学会の様子をレポートします。
一日目
早朝に庄原を発ち、福島県いわき市に到着したのは14時過ぎでした。東北地方は初めて、という参加者ばかりでした。
はじめに、東日本大震災?原子力災害伝承館を見学しました。地震?津波被害だけでなく、原子力災害の生々しさがわかる展示が多く3日間でしっかりと学ぶぞ、と意気込んだ参加者も多かったのではと思います。
次に震災後、4年半におよぶ避難の後、営農を再開された楢葉町 町議会議長 青木様のお話を、青木様ご自身の水田前でお聞きしました。楢葉町では水稲の他にサツマイモの栽培に新たに取り組んでいるそうです。
二日目
遠くに福島第一原発が見える中間貯蔵施設にて、除染による除去土壌の中間貯蔵とその問題についてお話をお聞きしました。除染によって発生した除去土壌は、現在、双葉町、大熊町の住民の方に苦渋の決断をして頂き両地域に広がる広大な中間貯蔵施設で保管しています。中間貯蔵開始から30年後には福島県外で最終処分することが法律で定められています。福島の問題ではなく、国民全体で考えて行くべき問題であることを強く感じました。
訪問する直前の8月30日、全町避難から11年ぶりに一部避難解除となった双葉町を訪問しました。双葉町役場も避難しておりましたが、役場も再開し、町役場の職員の方にお話しを伺うことができました。
JR双葉駅も町役場も新しくなりましたが、これから住民の皆様の帰還が本格化します。一方で、生活に必要な店舗や医療機関などはまだこれから、生活の再建には少し時間はかかるのかもしれません。
除去土壌の再生利用について検討している飯館村長泥地区へ山道を進み、再生利用実証事業を見学しました。放射線レベルの低い土壌について再生利用することで最終処分量を少なくすることができます。長泥地区では、再生利用した場合の安全性を実証するための実験を行っておりました。除去土壌の再生土によって農地整備の基礎を、その上に被覆した覆土に水田を整備して、収穫直前の稲穂が首を垂れている様子が見て取れました。
この日の夜には、宿舎にて富岡町の語り部さんに当時のお話伺いました。参加した皆さんは「遠い地域で起きた昔の他人事」という意識から少しずつ変わってきたようです。ナイトミーティングで皆さんの熱い想いを聞くことができました。
三日目
帰還困難区域内で発生した低レベル放射性廃棄物(特定廃棄物)の最終処分場を見学しました。特定廃棄物はしっかりと管理された処分場に埋め立てられていきます。処分場周辺の放射線量はしっかりとモニタリングされ、どの空間線量モニタリングポイントも、広島県などの他の地域と変わらないレベルでしたね。
また、最終処分場の情報を発信する“リプルンふくしま”では、実際に放射線を測ってみました。測定機器のメカニズムを自分の研究と比較して、質問する参加者がいました。
福島の環境再生事業について、さまざまな現場の見学やお話をお聞きした本会も無事に終了しました。
参加者の皆さん各々の感じたことや理解した知識をぜひ友人や家族に伝えてほしいと思います。とてもいい経験をさせて頂きましたね。今回の経験が皆さんのターニングポイントや何かのきっかけになったら、と思います。
現地見学会を主催して下さった環境省のご担当者様、現地の見学会でご対応くださった方々に厚く御礼申し上げます。
*コロナウイルス感染症対策として、体調や行動の管理、出発前後のPCR検査および抗原検査の実施、などの対策を講じた上で実施しました。