本文
コロナ禍で学んだ皆さんに贈る言葉
2:自ら知る楽しみを
県立広島大学 学長 中村健一
コロナ禍にある学生の皆さんに,お願いしたいことがあります。
コロナ禍により私達は今までにない試練を受け,生活形態としては,可能な限り自宅滞在が強いられていますが,それは皆さんにとって,自ら考える力を養う時間が提供されていることを意味しています。さらにコロナ禍は,様々な疑問や問いかけを私達に提供してくれています。そうした中で皆さんは,自ら探り出した課題に向かい合い,解き明かす姿勢を養い,知る楽しみを味わってください。
私の課題への取り組みを例として紹介します。
このコロナ禍において真っ先に考えたことは,パンデミックと称される社会の中で,私達はどのような姿勢で対応すべきなのかという問いでした。過去の歴史の中で細菌やウイルスによるパンデミックが生じた時,当時の社会や人々はどのように向かい合ってきたのかを探ることが,有効なヒントを与えてくれます。当時の文献や史実を語った小説を読むのが一番です。ロビンソン?クルーソーを記したイギリス人作家ダニエル?デフォーによる,「ロンドン?ペストの恐怖」に出会いました。1665年のロンドンを中心としたペスト感染の社会状況が,鮮やかに実写されています。大変な感染症流行でしたが,ロンドンから郊外に逃げ出す者,感染者を真摯に助ける医師達,感染症対策に逆らう者,効き目のない薬の販売や祈祷師の存在 そして感染した人に対しては,家族ごとの完全隔離の徹底や献身的に患者の治療にあたる医師,隔離された家に食料を運ぶ人など,現在のコロナ禍と驚くほどの類似した状況が描かれています。
また日本のパンデミックを取り扱った小説では,8世紀の奈良時代,人口の30%が亡くなったとも推定される天然痘ウイルスによる大流行社会を背景に,感染がもたらした民衆と貴族達の生活状況をリアルな描写で描き出した澤田瞳子「火定」を読むことができました。この小説においても,奈良時代の天然痘感染において,心乱れ,自暴自棄と利己保身に走る人がいる一方,身を削って新しい治療法の開発に取り組む人の存在が描かれています。
こうした歴史書からの学びとして浮かび上がって来たことは,いつの時代にあってもパンデミックの状況においては人間の二面性,「利己的と利他的な側面」が際立った表現系として示されるということです。さらにパンデミックな状態を収束に導く力は,利他的な人達の献身的な力であることを歴史から学ぶことができます。
阪神?淡路大震災の日にあたる1月17日,今年の日本経済新聞のコラム「春秋」は,レベッカ?ソルニットの言葉を引用し,「災害の歴史は,私達の大多数が(中略)人との繋がりを切実に求める社会的な動物であることを教えてくれる」と記しています。他を思いやる,人と人の絆を大切にする心が災害の克服に有効であると説いているのです。
アフターコロナという言葉が,コロナ禍収束後の未来として語られています。こうした空気と対比するように,ノーベル文学賞を獲得したアルベール?カミュは作品「ペスト」で,医師リウーの言葉で作品の最後を締めています。「ペストが再び,媒介する鼠の大量発生によって街を襲う」という予言です。人類は絶えず,細菌やウイルスのパンデミックを始め,災害や危機に立ち向かう戦いの中に身を置かれているという警告と受けとめられます。そうした戦いの中で人類は何度も生き抜き,命をつなぎ立ち上がり,少しずつ進歩を遂げてきました。コロナ禍で現実に生じている偏見や分断を煽る空気と戦い,前を向き他者を思いやる心が,試練を克服するための知恵と力を与えてくれるに違いありません。
コロナ禍で閉鎖された環境を強いられても,思索や想いは自由に飛翔し,様々な学びを受け取れる機会があることを実感するはずです。まさに本学の教育姿勢の目標である「課題を探究する」力を養う絶好の機会が,皆さんに与えられていると受けとめて欲しいと願っています。コロナ禍が一定の収束を示した時,皆さんは主体的に学ぶ姿勢を身に付けた,さらに成長した自分に気がつき,驚くはずです。その驚きが次の課題の探究に向かっていく推進力となり,様々な課題を次々に解決している,そのような皆さんの姿を見せていただけるものと期待しています。
2021年3月2日